LIPS阿部栞氏インタビュー「アプリとWebの違いを理解し相乗効果を生みだす」
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本連載「日本のアプリマーケター100人」では、アプリ業界で活躍するマーケターさんをゲストに迎え、ご自身のマーケティングに対する考えや価値観、これまでの経験などをインタビューしていきます。第4回のゲストは、ミラティブの清基さんからのご紹介で、フードデリバリーサービス「menu(メニュー)」のマーケティングを担当する二ノ宮さん。
新卒でP&Gに入社し、洗剤などのファブリックケア商品のマーケティング携わった後、2019年にmenuの親会社である株式会社レアゾン・ホールディングスに入社。現在はグループ会社のmenu社にて取締役を務めています。
「WHO理解はサービスの根幹」と語る二ノ宮さん。マーケターが消費者の奥底にある価値観に気が付くためには、どういった思考が必要なのか、P&Gで培ったフレームワークの話なども参考にお話を伺いました。
二ノ宮悠大朗 menu株式会社 取締役 ※登記中 プロフィール |
(聞き手:ナイル株式会社 高階良輔)
目次
-本日はよろしくお願いいたします。前回ゲストの清基さんから、P&G時代の先輩後輩だと伺いました。
二ノ宮:はい、私もキャリアのスタートはP&Gでして、清基が1つ下の後輩です。本日はよろしくお願いします。
私は新卒入社で配属された消費者市場戦略本部という部署で、ブランドの横断的なマーケティング機能の開発・改善、洗剤ブランドのターゲット・ポジショニングの戦略の見直し、日本の小売り市場の将来動向の予測と投資戦略の策定などを担当していました。
いろいろとやらせてもらいましたが、いずれの仕事も消費者のニーズや事業構造の根っこに迫り、それに基づいて成長モデルを描くことに繋がっていたと思います。
-非常に幅が広いですね。そうした経験から、二ノ宮さんにとって現在のマーケティングに活かされている点はどんなことでしょうか。
二ノ宮:P&Gにはフレームワークや理論を好む企業文化があり、様々なことを学ばせてもらいました。
その中でも普遍的で自分がよく用いているのは「WHO/WHAT/HOW」という枠組みで、「その事業は誰をターゲットとすべきで、どのような価値を届けるべきで、具体的にどうやってその価値提供を実現するか」を考えるものです。
シンプルですが奥が深く、この考えに基づいて事業やブランドをデザインしていくというのは非常に難しいことですが、とても強いブランドを作ることができるものだと思います。
-「WHO/WHAT/HOW」はP&Gのマーケティング手法として大変有名ですが、重要だと考える一番の理由は何でしょうか。
二ノ宮:サービス作りの際に「何が良くて何がだめなのか、明確な判断基準ができる」という点にあるかと思います。「WHO/WHAT/HOW」の中でも、特に「WHO」はマーケティングだけではなく、サービスの根幹になるものだと考えていますね。
-確かに「誰に向けたものか」という判断基準がないと、サービスや施策がブレてしまいますよね。
二ノ宮:はい。ABテストがそのいい例です。ABテストは、局所解を探す方法としては適していますが、「そもそもターゲットがAでもBでもなく、Xを欲しがっている」という場合、Xという絶対解をこの方法で見つけることは不可能です。
例えば、ポスティングでABテストやっているときに、「ポスティングというやり方が合っていないんじゃないか」ということに気づくためには、そもそものWHO(ターゲット)を定めておく必要があります。
-WHOを定めることで、施策の良し悪しや、マーケティングの新しい選択肢を見つけることができるということですね。これはチームの目線をあわせたり、組織の意思決定を早くするのにも役立つお話だと思います。
-WHOを理解する上で、二ノ宮さんが気をつけているポイントはありますか?
二ノ宮:私は「JOB理論」という考え方をよく使っています。WHO理解が重要だ、ということはよく言われるのですが、実際に何をすればいいのかという点は不明確で、それに対して枠組みを与えてくれるものが、「JOB」という考え方です。
「ターゲットとなる人が達成したいことを、手助けさせてもらう」のがブランドとしてやるべきことであり、WHO理解とは、その人がなぜその達成したいことをできていないのかを考え、その理由を突き止めるということです。
ただ単に、年齢や性別に基づきターゲットを設定するのではなく、ブランドが相手にする人、すべき人の人生観であったり、日々生活する中で引っかかること、価値観や人間像の根っこの部分まで理解することがブランドのモデルを考えていくにも大事なことだと思っています。
-「達成したいことがあるのになぜできていないのか」を理解することは重要ですが、それをどうやって調査されているのでしょうか?
二ノ宮:もっとも有効なのは「その人の現在・過去の生活を見て、その裏側のストーリーを考える」という手法です。P&Gではユーザー宅への訪問をよく実施していました。
消費者の根本的な価値観というのは本人も気づいていないことが多いので、直接聞くのではなく、その人が出してきたアウトプットを見るしかないと思っています。
ですので、インタビューでは販売する洗剤についてだけではなく、その人の日々の生活のことを聞いたり、日記を読ませて頂く機会もありました。他にも、飲み会に参加させてもらったり、「自分というテーマで雑誌を作るなら何を書きますか?」というテーマで作文を書いてもらうなど、さまざまな方法で調査を行うようにしています。
-消費者自身による発言よりも、日々の生活や行動といった事実をもとに類推していくということですね。
ここまでで、WHO理解については非常に理解できたのですが、P&Gの場合、解決策というのはどうしても「消費財」に集約すると思います。「何の価値を提供するか」でいうところの「WHAT」が固定されている状況で、WHO理解で得た情報をどうやって活かしていくのでしょうか?
二ノ宮:自分の担当ではない事例になるんですが、とても参考になるエピソードがあります。高級柔軟剤におけるWHO理解のため、ユーザーに「日々の生活」というテーマで作文を書いてもらいました。すると、「若いときは美術館などによく出かけて楽しんでいたけれど、子どもが生まれてからは子ども中心の生活になった」「子どもがいると香水をつけられないけれど、柔軟剤の香りなら安心してつけられる」といった声があったんですね。
それを読んだ時、消費者の中には、子どもが生まれたことでそれまであった「自分の顔」が薄まって「母の顔」が強くなるという瞬間があるなと思ったんです。
自由気ままに楽しんでいた数年前の自分のことを懐かしく思ったり、「あの頃の気持ちを思い出したい」という瞬間があるんじゃないかと類推しました。「妻として・母として」の自分のことも好きだけど、日々の生活の中で「女性として・個人として」の自分が薄まっていくというギャップがある。その解決策として、高級柔軟剤を提供できるのではないかという事例です。
-大変おもしろいですね。まさにWHO理解に基づいたマーケティングの例だと思います。
-二ノ宮さんは、P&Gを経てその後転職をされていますが、転職を考えるきっかけはどういったものだったのでしょうか?
二ノ宮:P&Gで学んだ事業の伸ばし方を、外でも試してみたいと思ったからです。P&Gは学びが多く仕事もおもしろいですし、人間関係も含めて居心地の良い職場でした。一方で、フレームワークやプロセスを全社で徹底的に共有し、大きな組織で物事を進めるというスタイルの会社でもあります。
推進力を持った組織としてのスタイルは今でも尊敬しているのですが、「P&Gのような大きな組織のバックアップがない環境で、自分は個人として何をどこまでできるのか知りたい」という想いがありました。また、消費財という安定市場を出て、違う商材にチャレンジしたいという気持ちも持っていましたね。
-それで選ばれたのがフードデリバリーサービスのmenuだったのですね。menuにはどういうことを期待されていたのでしょうか?
二ノ宮:「食」という大きな市場の中で、国内外のテクノロジーの巨人を相手にほぼゼロから事業を立ち上げるという環境に強烈に興味が湧きました。また、menuという会社が、本気で世界一を目指していること、そのために様々なバックグラウンドを持つ非常に優秀なプロフェッショナルがから集まっている、という環境も魅力的に感じていました。
-スタートアップだからこそ味わえる環境ですね。現在はどういったミッションを持たれているのでしょうか?
二ノ宮:いまは事業立ち上げ期で社内のリソースも足りていないので「そのとき必要なことをすべてやる」というのが近いです。menuにはユーザー・クルー(配達員)・店舗という3つのビジネスユニットがあり、その中で自分はユーザー・クルーの組織の取りまとめを行っています。
自分のミッションとしてはフードデリバリーというサービスをより多くのユーザーさんにより良く使ってもらうこと、競合と肩を並べ、彼らを超えていくというビジョンを実現することです。
-現状、コロナ禍の影響もあってフードデリバリー市場は大きく成長していますが、それに対してmenuが意識して取り組んでいることはありますか?
二ノ宮:コロナ禍に関していうと、とにかくサービスの環境整備と拡大を優先しています。フードデリバリーは、ユーザーさん・配達員さん・店舗さんが、同じ場所・時間にいることによって初めて成り立つサービスなんです。そのため「すべてのエリア・すべての時間にすべての方が安心してご利用いただけるクオリティのサービスを提供する」というのは非常に難しいことなんですね。そういったサービスの基盤づくりはいままでも行ってきましたし、これからも進めていくべき点だと思っています。
-最近では、KDDIと資本提携をされましたね。
二ノ宮:そうですね。フードデリバリーは国内外にすでに先駆者がいるので、潤沢な資本や豊富なステークホルダーを持てるかという点が重要になります。
日本の場合は通信インフラの影響力が大きいですし、KDDIのビジョンとmenuの目指すことが近かったこともあり、資本業務提携を結ぶことになりました。2020年より全国に拡大し、いままで社外から「何をやっている会社なのか」が見えにくかった部分もあると思うのですが、これを機にそういった認知も変えていければと思います。
-なるほど。「フードデリバリーという市場には先駆者がいる」というお話がありましたが、他のサービスと比較するとフードデリバリーは競合との差別化がはかりにくいサービスだと思います。その中で、二ノ宮さんはどういった形でマーケティングを行われているのでしょうか?
二ノ宮:おっしゃる通りで、フードデリバリー含むプラットフォームビジネスは、競合との差別化が非常にはかりにくいです。店舗さんからしたら、複数のプラットフォームに出店するのが当然でしょうし、ユーザーさんからしたら、どのプラットフォームから注文しても同じものが届くのでサービスの違いがわかりにくいと思います。
これについては私たちも明確な解答を持っているわけではなく、模索を続けている最中ではありますが、ひとつの解決策として「menuから頼んだ方が楽しい」といったエンターテインメントの要素が有効ではないかと思っています。
-menuではTVCMなどを始めとして、漫画『ONE PIECE』とのコラボキャンペーンを行っていますね。これもエンターテインメントを取り入れて競合と差別化をはかる施策の一環なのでしょうか?
二ノ宮:そうですね。コロナ禍の影響で、去年から今年にかけて非常にフードデリバリーサービスが増えました。ここから淘汰されて2-3社が残るという流れになっていくので「やるなら今だ」ということで急激な認知拡大を目指して行ったのが『ONE PIECE』のキャンペーンです。
「WHO」としてファミリー層を想定したとき、ごはんの質だけでなく、ごはんについてくる「おまけ」で飲食店を選ぶことがあると思います。わかりやすい例でいうと、マクドナルドのハッピーセットなどですね。
これと同じ発想で、私たちも「同じフードデリバリーでもmenuから注文すると『ONE PIECE』のおまけがつく」というのは競合との差別化につながるのではと考えました。もともとゲーム会社だったということも、エンタメ要素を取り入れる一因になったと思います。
-「おまけ」などのエンタメ要素を取り入れるという目的であれば、『ONE PIECE』以外の選択肢もあったのではないかと思いますが、最終的に『ONE PIECE』に決定した理由はなんでしょうか?
二ノ宮:私達としては「ファミリー層に使って欲しい」という目的がありました。フードデリバリーの場合、1回の購入金額が高い方が収益性がよくなるのですが、それでいくとファミリーというのは非常に単価が高いのでターゲットとして最適なんです。
そこにあわせて「親子で愛されている息の長いコンテンツとコラボしたい」という思いがあり、その中でありがたいことに誰もが認める日本最高のIPである『ONE PIECE』からOKを頂くことができ、こうしてコラボを実現することできました。
-実際に『ONE PIECE』とのコラボによる成果はどうでしたか?
二ノ宮:売上については過去最高を記録しました。それから副次的な効果として、menuのブランドへの信頼感があがりました。出店をお願いしている店舗さんから「ONE PIECEのCMのところね」と言われるようになって、営業がしやすくなりました。
-強いIPとコラボする際「どこまでサービスについて伝えるか」といった課題があると思いますが、TVCMなどのクリエイティブを作る際に気をつけていたことはありますか?
二ノ宮:とにかく「menu」というサービス名と「フードデリバリーのサービスである」ということだけを覚えてもらう内容にしました。
『ONE PIECE』のようなメガIPの場合、インパクトが強すぎて伝えられるメッセージが少ないんですね。そのまま作ると「ONE PIECEのCM」になってしまうので、細かいキャンペーンの情報などは入れずにメッセージは「menuという名前」「フードデリバリーのサービス」に絞りました。
あとは、TVCMがブランディング・認知拡大を目的としたものだったので、刈り取りとしてポスティングなども行っていました。実際に獲得に繋がったのはこちらではないかと思っています。チラシを見て「ONE PIECEのCMをやっているところだ」と気がついて、サービスを利用してくれたのではと考えています。
-まずは認知を拡大し、そこから実際の獲得に繋げるというマーケティング施策だったのですね。施策についていろいろとお聞きしてきましたが、今後、二ノ宮さんご自身がmenuで実現したいことはありますか?
二ノ宮:フードデリバリーという市場は、生まれたての赤ん坊のような市場だと思うんです。ユーザーさん、配達員さん、店舗さん、そしていまのコロナ禍という社会のうねりの中で、それぞれが日々新しい使い方を見出して、進化をしている市場だと思っています。
その中で、皆さんが潜在意識も含めて求めている価値を提供し、menuをそれこそ洗剤やシャンプーといった消費財のような「当たり前」にものにしていきたいと思っています。
-最後に、読者であるマーケターの方に向けてアドバイスを頂きたいのですが、二ノ宮さんが最近気になった他社のマーケティング事例などはありますか?
二ノ宮:Netflixさんですね。動画配信はフードデリバリーと同じく競合との差別化が難しいプロダクトですし、コロナ禍の中で人々の生活に浸透しているという意味でも学びがあると思って注目しています。
特に以前見かけた「聞いて驚くな。実家は意外とやることないぞ。」という屋外広告はすごいなって。自社サービスが人々の生活に入り込むシーンをとらえ、しかもそれをキャッチーな広告として表現していると感じました。
-ああ、たしかにNetflixのマーケティングは見ていて非常にユーザーの解像度が高いなという印象がありますね。
二ノ宮:動画配信サービスというのは新規のサービスで、そういう意味でもフードデリバリーに近いのですが「ユーザーが新しいサービスを使う瞬間」に的確に差し込んでいるなと思います。こういうユーザーのある特定の瞬間を探して、そこに訴求するというのは新規のサービスやカテゴリでは多いですが、Netflixはそれが巧みで非常に勉強になりますね。
-ここまで色々とお話を伺ってきましたが、マーケターは組織においてどういう役割を持つべきだと思いますか?
二ノ宮:「マーケティングとは何か」という議論はよくありますが、私自身はマーケティングとは事業設計のファンクションだと思っています。「このサービスで何をやりたいのか」「誰にどんな価値を提供したいのか」をデザインして、ユーザーに届くまでを設計することであり、職種というより、すべての人がなにかしらの形でもっているべきスキルです。
実際、menuにはマーケティングの部署がありません。BtoBのビジネスであれば、セールスがマーケティングのような機能を持っているケースは非常に多いと思いますし、必ずしもマーケターだけがマーケティングの機能を担う必要はないのではないかと、私は考えています。
-すべての方が顧客理解・事業設計というマーケティングのスキルを持つべきという考えには非常に共感します。一方で、マーケティングが全職種に共通して持たれるべきスキルだとすると、マーケティング専門の担当者はどういった役割を担うべきでしょうか?
二ノ宮:組織の中に「WHO/WHAT」のデザインを行う機能がないのであれば、そこから担うべきだと思います。逆に、「WHO/WHAT」を他の部署でも行っている場合には、デジタルプロモーションなど具体の「HOW」の役割を強めていっても良いと思います。
事業を成長させるために「WHO/WHAT/HOW」に立ち戻り、人間像の根っこに部分に迫ってブランドを構築していく姿勢とスキルは、時代を問わず求められるものだと思います。
-本日はありがとうございました。
WHOのマーケティングを学ぶ上で特に勉強になった書籍です。
「日本のアプリマーケター100人」では、リレー形式で次のゲストマーケターの方をご紹介頂きます。menu二ノ宮さんからのご紹介は、マネーフォワードの浦田さん。
二ノ宮さんからの推薦理由
「お金を見える化する」というミッションを、どのようにしてユーザーの日常生活と繋げたのか。また、ユーザーの中の「お金の見える化が生きる瞬間」を深堀りしたマーケティングを実践していくうえで浦田さんのお考えを、ぜひお伺いしたく思います。
「日本のアプリマーケター100人」、次回は7月上旬を予定しております、お楽しみに。
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