LIPS阿部栞氏インタビュー「アプリとWebの違いを理解し相乗効果を生みだす」
本連載「日本のアプリマーケター100人」では、アプリ業界で活躍するマーケターさんをゲストに迎え、ご自身のマーケティングに...(続きを読む)
モバイル市場が成長を続けているなかで、マーケティング手法は常にアップデートされ、アプリマーケターは多様なフォーマットやシステムを理解し、ウェブとは異なる専門性を身につけることが求められています。
これまでもAPP BRAINでは皆様のアプリビジネスに役立つ業界ニュースやインタビューをお届けしてまいりました。4月よりスタートします新連載「日本のアプリマーケター100人」では、国内のアプリ業界を牽引する優れたマーケターにスポットを当て、その思想や経験、今後目指す姿などを通し、国内マーケターの成長とさらなる業界の発展に繋がることを目指しております。
マーケターとしてのスキルアップやキャリアに悩んでいる方、また、これからモバイル業界でマーケターを目指す方にとってヒントになるコンテンツをお届けします。
記念すべき第一回目となる今回のゲストは、『バンドリ! ガールズバンドパーティ!(以下、ガルパ)』の宣伝などを手掛ける株式会社Craft Eggマーケティング室室長の齋藤隼一さんにお話を伺いました。
齋藤隼一 (株式会社Craft Egg マーケティング室 室長) プロフィール |
(聞き手:ナイル株式会社 高階良輔)
目次
-今回、APP BRAINで新たな連載「日本のアプリマーケター100人」をスタートするにあたり第一弾は誰が良いかいろんな人に相談した結果、齋藤さんにお声がけしました(笑)
齋藤:お話を頂いた時は驚きましたが光栄です(笑)
-タイトルや施策に関する話だけでなく、齋藤さんがどういう考えのもとこの業界でマーケティングに携わっているのか、アプリマーケターとしての思想を伺っていきたいなと思っています。まずは、齋藤さんのこれまでのご経歴を教えてください。
齋藤:社会人1年目でCM制作会社に入りPMになりました。当時、インターネットでの映像表現はFlashが全盛期の時代でしたが、これからCMだけでなくWeb上の映像も含め広く手掛けていこうという過程で立ち上がった子会社に異動し、その後2008年に株式会社サイバーエージェントに転職しました。3~4年ぐらい代理店部門にてナショナルクライアントを担当した後、スマホサービスのプロデューサーになりました。
その後、「自社のサービスをちゃんとマーケティングする部署を作ろう」という話があがり、初期メンバーとして自分も参加しました。当初はゲーム事業中心に扱っていましたが、メディア事業側でも同様のチームがあったので、2つを統合した今の宣伝本部を立ち上げることになったんです。その後数年間ゲームのプロモーション責任者をやりまして、2018年にCraft Eggへ出向し今に至るという感じです。
-現在は出向している状態なのですね。齋藤さんはクリエイティブの現場を経て、プロモーション、マーケティングとかなり幅広く経験されていますが、マーケターとして特に自分の仕事に影響を与えた経験はなんでしょうか?
齋藤:二つあるのですが、一つ目は現場でのものづくりの経験です。新卒でCM制作の現場にいたのですが、当時は1億円かけて15秒のCMを作るような時代でした。そういうところで、クリエイティブの細部へのこだわりを学べたのは大きかったですね。
-まさに「神は細部に宿る」ですね。細かいところまで妥協せずこだわることで、成果物やユーザーからの反応が変わってくると。
齋藤:そうですね。もうひとつは、スマホサービスのプロデューサーの経験です。自分でものを作ったことで「いいものを作るだけじゃなくてマーケティングが必要なんだ」と痛感しました。当時は恥ずかしながらPMF※という言葉も知らず、ただもがいていました。初めて自分から会社に対し、(マーケティングに)異動したいと言ったのもそのときですね。
※PMF(プロダクトマーケットフィット、Product Market Fit)とは 「プロダクトが最適な市場にフィットし、受け入れられている状態」のこと。米国ネットスケープ創業者であるマーク・アンドリーセン(Marc Andreessen )が提唱した概念。 |
-プロデューサーをやっていく中でマーケティングの観点の重要性に気付いて、キャリアをシフトしていったんですね。
齋藤:はい。
-現在「ガルパ」を担当されていますが、大型IPによるタイトルの場合どういう運営体制の中でマーケティングを行っているのか教えてください。
齋藤:そうですね、まず、基本的にはブシロードさんとの協業体制なのですが、Craft Egg側の「ガルパ」のプロデューサーは「プロデューサー」と「コンテンツプロデューサー」の二人体制になっています。
最終的な決定権はプロデューサーにありますが、シナリオや新バンドなどのゲーム内のコンテンツ、テレビアニメや劇場版などの外部展開はコンテンツプロデューサーが担当しています。
この中で自分の仕事は、プロデューサー2名と中長期のロードマップを作ることです。どういうビジョンでやりたいか、どれくらいの事業規模にしたいかといった話をして、その数字に持っていくための方法を考えます。
コンテンツ側は2~3年先まで展開が決まっているものが多いので、それにあわせてゲーム側をどうしていくかを考えるイメージですね。
-なるほど。ゲームとコンテンツが相互にうまくいくサイクルを設計されているんですね。
齋藤:まさにそうですね。
-チームとしては、プロデューサーと齋藤さんの3名で、主要な戦略部分をすべて決めているということですか?
齋藤:Craft Eggは「みんなでつくる」を大事にしています。それは戦略をつくる際も同じで、ある程度状態目標や施策の方向性を決めたら、その後はチーム全員で作っていくというやり方をしています。それぞれの分野のプロフェッショナルである各チームを巻き込んで戦略を肉付けしながら「本当にこれでいいのか?」というのを常に考えながら進めていますね。
-業界内では、「ガルパ」のマーケティング施策に注目するマーケターさんも多くいます。これまで色々手掛けてきたかと思いますが、1つ挙げるとすれば何になりますか?
齋藤:「ガルパ」リリース初期に初めて実施した大規模プロモーションですね。2017年3月にゲームをリリースした当初、ユーザー数・反応・売上すべてが想定以上の盛り上がりでした。その反応を受け、4〜5月頃から夏に何か大きな施策を実施しようと動き出しました。
-そこで「ガルパ」がTVCMを選んだのは、想定以上の反響を受け、さらに大きな認知を獲得するためだったのでしょうか?
齋藤:認知獲得というよりは「リリース初期に来てくれたお客さまにまた改めて楽しんでもらいたい」ということと、「さらに多くの新しいお客さまに楽しんでもらいたい」という二軸ですね。
ゲームアプリの場合、初速で盛り上がった後だんだんサービス拡大の勢いが失速していくのですが、あえて落ちついてきた夏頃にまた大規模に盛り上げることで、初期のお客さまに戻ってきてもらいつつ、新しいお客さまにも入ってきてもらえると考えました。
Craft Eggでは「ユーザーファースト」を徹底したものづくりをしていて、僕自身もその思想をすごく気に入っています。「ガルパ」の一つ前にリリースしたゲームタイトルのプロモーションのテーマは「最初にファンになってくれたお客さまを大事にしよう」だったのですが、そのマインドを引き継ぎつつ、「ガルパ」のサービス規模を一気に引き上げようというのが夏のプロモーションの目的でした。
-「最初に来てくれたファンを大事にする」を目的にした施策は珍しいですね。すでにゲームをプレイしているユーザーをどういう形で引き込んだのですか?
齋藤:具体的には、「Poppin’Party」という「バンドリ!」初期から活躍しているバンドのキャストさんや、「ハロー、ハッピーワールド!」のボーカルキャストの方をCMに起用して、初期のファンの方に向けてクリエイティブを作っていくなどしました。結果的にすごく反応が良かったですね。
-マーケター目線で、「ガルパ」というタイトルが成功した理由はどういった点だと考えますか?
齋藤:ユーザーファーストのマーケティングを展開していた点だと思います。数字ありきでマーケティングを行うやり方ももちろんありますが、「ガルパ」は徹底してお客さまと向き合ってやってきたタイトルだと言えます。
-数字ありきではないユーザーファーストのマーケティングとのことですが、数字以外のフィードバックを集めるプロセスや判断の基準などについてお聞きしたいです。
齋藤:ポイントは二つあって、一つは自分がファンになりきること。もう一つはサポートデスクへのお問い合わせやTwitterのリプライ、掲示板の投稿などをチェックして、何か発表をするたびにお客さまのリアクションをすぐに見るようにすることです。
-なるほど。ユーザーの声の中には偏った意見もあるかと思いますが、どこに気をつけて見ていますか?
齋藤:確かに難しいですよね、自分の中でバイアスを調整することが大事だと思います。たとえば匿名掲示板の厳しい意見も、サポートデスクに直接いただいたお問い合わせも、すべてありがたい内容なのですが、どういう背景や文脈の中でのリアクションなのかを考えるべきだと思います。
あとは、一見今話ししたことと矛盾するのですが、ログイン頻度や課金の有無に関わらず、どのお客さまの意見にも目を通し、真摯に向き合うよう心がけています。根底に「よりたくさんのお客さまにより長く遊んでもらいたい」という思想があるので、お客さまのリアクションにはバイアスをかけず、まんべんなく対応するようにしています。
-ユーザーのリアクションをチームに共有するとき「少数の意見を気にしすぎてしまう」といったように、プロデューサーやチームメンバーのバイアスに引っ張られることはありませんか?
齋藤:データは基本的に扱う人のバイアスがかかっているものなので、注意するようにしています。ただ、自分も含めて社内の開発メンバーも「ガルパ」のいちファンとして楽しんでいるので、お客さまと感覚をすり合わせられるような状態ではありますね。
あとは「当初想定していたよりも批判が多い」「予想よりもポジティブな意見が多い」といった仮説とのズレが起きた時は、原因を探していくようにしています。
-ご自身の感覚だけで判断するのではなく、社内のファンにもヒアリングして、確証が得られた意見を判断材料にしているのですね。
-では次に、アプリマーケティング業界のホットトピックについてお聞きしていきたいです。マーケターの間で今話題になっているiOS14のアップデートによるATTフレームワーク導入について、齋藤さんが考える影響と今後の施策について教えてください。
齋藤:そうですね。ここ1年、ATTフレームワーク導入に向けたチャレンジをしていたのですが、まだ見えない部分も多いというのが正直なところですね。
「ガルパ」は若年層のお客さまも多く、IDFAが取得できないLAT ONの割合が高いため「ASA(Apple Search Ads)とAdjustでどれだけ数字に違いが出るか」「どれくらいオーガニックを吸い取っているか」、さらに「細かい数字がとれない認知広告寄りになった場合どういう数字感になるのか」などの様々なテーマで実際の管理画面の数字とにらめっこしていました。
あとは、リターゲティング広告の代わりとして、YouTubeのTrueView広告やTwitterのCPE配信を認知広告として出稿して、どれが成果に繋がるかを試したりしました。14日以上、30日以上離脱していたお客さまがどのくらい戻ってきて下さったかをデイリーで見るようにしています。
-なるほど、色々試されていたのですね。一般的に、運営歴が長いタイトルほどリターゲティングが重要になると思うのですが、iOSでリターゲティングができないことは大きな影響になりそうでしょうか?
齋藤:そうですね、前回アニバーサリーイベントのときに、30日以上離脱している方に向けリターゲティング広告を配信したんですが、その配信をきっかけに復帰したお客さまがかなり多かったので、今後はリターゲティング広告とは異なる方法で「お客さまが“また遊びたくなるような空気”を作る」「世の中に話題を提供する」ことが必要だと思っています。
-SKAdNetwork計測も従来と比較すると制限が多いと言われていますが、齋藤さんとしてはどういう活用方法をイメージされていますか?
齋藤:「ガルパ」は圧倒的にオーガニックの割合が多いので、出稿媒体を絞っています。リリースから5年目を迎え、マーケティング費用のポートフォリオを変えてコンテンツ制作に予算をかけていくタイミングなので、今大きく方針を変えようとは思っていません。
-出稿媒体を絞る条件とは、具体的にどういったものですか?
齋藤:インハウスで運用しているものについては、細かいフォローアップをしてくれる担当者がいるメディアを選ぶようにしています。あとは、細かい配信設定ができない、情報開示ができないようなブラックボックスが多いメディアは絞っていくようにしています。
-齋藤さんが考える今後マーケターが身につけるべきスキルや考え方について聞かせてください。
齋藤:マーケティングにおいて大事なことは「買いたい」「使いたい」「遊びたい」と思ってもらえるような仕組み・雰囲気づくりだと思います。そのためにはターゲット顧客に対する洞察力に尽きるのではないでしょうか。
-齋藤さんは「自分がファンになる」「お客さまのリアクションを見る」など、一環してユーザーファーストの考えをお持ちですよね。
齋藤:お客さまにとって価値のあるものを提供しないと、最終的にはより多くのお客さまに使ってもらえない・買ってもらえない・楽しんでもらえない状況になりますよね。「お客さまにとっての価値とは何なのか」を突き詰めて考え続け提供し続ければ、数字はあとから付いてくると思います。
-「お客さまにとっての価値とは何なのか」を考える際に、「誰をターゲットにして考えるのか」という課題があるかと思うのですが。
齋藤:それで言いますと、ロイヤルティマーケティングの領域では、ロイヤルティには「行動ロイヤルティ」「経済ロイヤルティ」「心理ロイヤルティ」の3つがあるとされています。
そしてこのうち最終的に事業に繋がっていくのは心理ロイヤルティだと言われています。
YouTubeで動画をアップしてくれる人、毎日遊んでくれている人、Twitterでいつも投稿してくれる人など、色んな方がいらっしゃいますが、私たちは、「ガルパ」に登場するバンドやそのメンバーたちが好きなお客さま、「ガルパ」自体を好きになってくれるお客さまが心理ロイヤルティの高いお客さまだと捉えています。
これはプロモーションでも意識していて、先日ゲームで遊べない受験生向けの施策をやったんですね。「ゲームが出来ないお客さまにも寄り添いたい、応援したい」という想いから、受験のお守りとしてスマホの壁紙を提供したり、各種音楽配信サービスで特別なプレイリストを公開したりしました。
スマホゲームとしてはかなり珍しい施策だったと思います。結果、お客さまにも非常に喜んでいただき、心理ロイヤルティの向上にも繋がったのではと思っています。
▲「ガルパ」の受験生応援キャンペーン(2021)
-おもしろいですね。IPを好きになってもらうことが最も重要で、そういうユーザーがゲームのコアユーザーになっていくと。また、個人的にいまのアプリのマーケティングは「ROAS至上主義でとにかく数字を合わせることにフォーカスするやり方」と、齋藤さんのように「プロダクト開発から入って全体のプランニングをするやり方」の二極化が進んでいるように見えるのですが、こういった二極化が進んでいる背景にどんなことが考えられると思いますか?
齋藤:本来、最もよく遊んで下さっているお客さまに向けて費用と時間を投資するべきだと思うのですが、それができずに入り口となる「どうダウンロードしてもらうか」というところに費用と時間をかけざるを得ない状況が起きているのではないでしょうか。
たとえば、新しいIPや市場を作る場合、どこにお客さまがいるのかわからず「効果良いところに最適化していき、回収できる分だけ広告を打つ」と考えて結果的にROASに縛られてしまうことが多いと思います。
逆に、IPタイトルだとそもそもIPのファンが限られているので、ROASに縛られないマーケティングができていることが多い気がします。
-ああ、規模やターゲットでマーケティングの方法が変わってくるということですね。
齋藤:はい。あと、マーケティングの方法という点では、先程話したiOS14アップデートの話も関連がありますね。ATTフレームワーク実装後は、従来のようなCPIやROASをもとにしたクリエイティブの判断ではなく、「CTRが悪いといういことはそもそも訴求している面やクリエイティブとコンテンツの相性が悪いんじゃないか?」といったマーケティングとして本質的な会話が増えていくのではないだろうかと思っています。
-なるほど。最後に、スマホゲームのマーケティング市場はどうなっていくと思いますか?
齋藤:今までは「最初はとにかく大量に出稿して効果があるところに後から寄せていく」という手法が多かったと思いますが、今後はきちんとマーケティングをしたゲームが生き残っていくと思います。
自分たちのサービスを提供したいお客さまはどういう人なのか、自分たちはどういう価値を提供できるのか、それはお客さまの日常にとって優先的に体験したいと思ってもらえるものなのかなど、「王道のマーケティング」ができるタイトルだけが生き残れるんじゃないでしょうか。
―本日はありがとうございました。
・「顧客起点マーケティング」 西口 一希 (著)
・「お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング」 渡部 弘毅 (著)
新連載「日本のアプリマーケター100人」では、リレー形式で次のゲストマーケターの方をご紹介頂きます。今回、Craft Egg齋藤さんからのご紹介頂くのは、株式会社ミクシィで「モンスターストライク」を担当されている道下さん。
あの規模の長期タイトルをV字回復させたというのはすごいですし、マーケターにもプロデューサーの視点が必要だと思うので、そういったお話を伺ってみたいです。
次回のインタビュー公開は5月上旬を予定しております、お楽しみに。
本連載「日本のアプリマーケター100人」では、アプリ業界で活躍するマーケターさんをゲストに迎え、ご自身のマーケティングに...(続きを読む)
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